スピリチュアリティに対する欲求を持つ人は、世俗的で人間的な充足(すなわち、このビデオ『人間の欲望の発達』で説明される1から4の欲望段階)を追い求めている人とは、違います。私達は世俗的で人間的な欲求を満たす方法を既に知っていますが、スピリチュアリティに対する欲求が目覚めると、それをどう解消すればよいのか、もう分からなくなります。

 

現在スピリチュアリティに対する欲求を持っているほとんどの人は、彼らがその欲求を持っていることさえにも気づいていません。これらのスピリチュアリティに対する欲求を持つ人の一部は、それが非現実的で実現できないと考え、まさに「スピリチュアリティ」という言葉に対して軽蔑さえしているかもしれません。そのような人々は、それが彼らの中で呼び覚まされている、スピリチュアリティに対するより進化した新しい欲求によるものであるという事も知らず、彼らの人生が虚無で無意味であると感じるのです。彼らは人生における不満と不平の原因が、まさにこれから来ているとは気付きません。

 

多くの人々は子供のころ「私は何のために生きているのか?」と、自分に問いかけます。しかし、私達は歳を重ねるごとに、願望や欲望などの野心であふれかえり、また誘惑にもまどわされ、この問いかけに対する注意がそれてしまい、本当の答えを見つけたいという欲求が消え去ってしまいます。

 

それにもかかわらず、人生のある時点で、スピリチュアリティに対する欲求は、その問いかけと共に再び目覚めます。そして、その答えを強く要求する人々はカバラに導かれます。カバラとは、まさにこの答えを提供するためだけに人類に与えられたものなのです。

 

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Last Updated (Saturday, 22 October 2011 06:52)